中学野球

中学の軟式野球でのお話

中学 キャッチャー

中学時代は中学の軟式野球部にいました。

入学するときから中学の部活に入るって決めていたので、硬式チームに入るなんて考えてもなかったなぁ(笑)

中学の時点で、高校では野球はやらないって言っていたからてのもあるかも。

今になって「俺、硬式チームに行っていたらどうなってたかなぁ」って言ってるし(笑)

まぁ、何も変わってないと思うけど、中学校の部活の方が色々な経験できたから、よかったんじゃないかなぁって思うよ。

学童野球とは違う環境

教えてる

学童野球の時は、同級生のメンバーが6名しかいなかったので、確実にレギュラー。

中学1年の時の1年生大会でも、なんとかレギュラーに入れましたが、2年生になって自分達の代になると、レギュラーから外れてしまい、試合に出る事さえありませんでした。

本人も、さすがにしんどい時期だったようですが、そこから踏ん張って、最後の大会では正捕手を任されるようになりました。

サラッと書いちゃうと、あれなんですが、その時は結構大変でしたよぉ~w

見ている親もしんどいですよねぇ。

そして、親として、子供が試合に出ていないのを見るのはしんどい。ぶっちゃけるとね。

そのうえ、私は息子が出ていない試合の写真を撮っているわけですから、色々と心に葛藤がありましたよ( ノД`)

ずーっと写真を撮ってきて、

「息子が出ないから写真を撮りません・・・」

なんて、口が裂けても言えませんでした。

今思えば、あの頃は自分のプライドが許せなかったんでしょうね。。。。

今なら言えるかもしれないけどw

自分が出来る事を見つけることが大事

ナイスバッティン

中学2年の頃は、反抗期だったのか?よくわからないけど、学校ではやんちゃしてたそうです。

学校からの呼び出しはなかったけど、担任の先生と三者面談をするとすごく心配していました。

「素直で優しくていい子なんだけど、授業態度とか普段の態度がね~」

という感じだったようです( ̄▽ ̄;)

本当にひどかったとかw評定もテストの点数の割には低かったし、よっぽどだったんだろうなって思います。

なので、部活動でも適当にやっていたんじゃないかなぁ、今思えば。

顧問の先生は、その部分をちゃんと見ている人だったので、レギュラーに入れたらダメだなって思っていたのかもですね。

だけど、普段から色々とヒントを言っていたようで

「バッティングはいいけど、あとは守備だな~。守備が上手くなったら試合にすぐ出すよ」

とか、言われていたそうです。

学童時代からキャッチャー以外あまりやってなかったからなぁ~(笑)

「もう、どこでもいいから出来ますって言っておけ!」

と伝えて、息子のウリであるバッティングを強化するようにしました。というか、本人が考えてそうやっていました。

すぐに結果が出るわけじゃないので、腐る日もあったけどw

でも、コーチやお友達、周りの支えで試合に出られるようになり、外野で出場出来るようになり、最後の大会は正捕手で出場することができました。

最後の大会は県大会に行けなかったから、そんなに強いチームではなかったけど、でも、この経験はとてもよかったなぁって思います。

中学野球はかなり濃い時間だったよ

中学野球の顧問は、息子が1年の時に赴任してきて、息子達と一緒に離任していきました。

丸三年お世話になったことになります。

厳しい先生でしたけど、弱小野球部が市内の大会で優勝出来るくらいまで成長したんだから、言うことないよね。

ほんとに濃い3年間で、あっという間に過ぎてしまって楽しかったなぁ。

高校野球はもっとあっという間だろうし、もっと濃いだろうなぁ。

というか、スタートして2ヶ月ですでに半年くらいやってるんじゃない?ってくらいに濃い毎日ですが(笑)

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ゆきこ

野球大好き高校球児の母ちゃんです。一眼レフで野球の写真を撮るのが趣味♪

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